フィジー自然体験実習・2009下見報告

 →2009フィジー関係データ 寺阪さん作成の写真記録集2009



2009年3月下見行程図

*出発

第1日 3/5

 直前まで確定申告の書類の作成。超特急で荷造りして、14時過ぎ大学へ。フィジー実習報告の載った学内広報を少し仕入れ、ハンマー、無線機、充電池、充電器、コンセントアダプタなど掘り出して、5人分を詰め込む。

 タクシーで運ぼうとタクシー会社に電話するが、5回かけていつも話し中。あきらめて、14:45に荷物を背負って大学を出る。坂を上るのに汗をかく。15:02尾山台発の電車に乗り、急行に乗り換え15:20頃大井町着。えきねっと予約のチケットを購入して、品川へ。15:30着。15:50の成田エクスプレスに乗車。7号車の5A、偶然にも5Cに見送りに来てくれる寺阪さんが乗車。定刻より2分遅れで空港第2ビル着。

*成田

 17:00少し過ぎて3階出発ロビー、すでにHアイランドの集合場所に、Kさん、Yさんが来ている。1本遅い到着の堀田先生を置いて、先にチェックインする。

 17:30過ぎ、堀田先生着。寺阪さんのアドバイスで、僕とKさん、Yさんがその場で海外旅行保険をネットで申し込み。寺阪さんに、大学に置き忘れたデジカメの代わりに、秋葉原で安いデジカメを買ってもらうよう依頼。17:40過ぎ、日本に来る便の機内通訳で乗機されていたYokoさんが現れる。寺阪さんがあらかじめ連絡を取ってくれていたらしい。今回は行き帰りとも、タイミングが合わず、一緒の飛行機にはならないようだ。ナンディの現況についてお話を伺う。洪水の話。洪水バーゲンの話。

 Kさん、Yさんの保険手続きに手間取り、18:30頃出国審査通過。18:35ゲート85番。ちょうど搭乗が進んでいるところで、最後尾に並ぶ。Yokoさん情報で、今日のナンディ行き乗客は150〜160だという。たしかに6割強の埋まり具合だ。

 だいぶ待たされて離陸。順番待ちの間にうとうとする。機内食はチキンとシーフードのいずれか。シーフードはサーモンカツとムール貝のどんぶり風ごはん。量的には多くなくて助かる。食器はプラスチック。毛布の配布なし、アメニティなし。経費節減なのだろう。その代わり?ビールを頼んだらお代わり分もつけてくれて2本もらった。飲んべえではないのだが、ちょっとうれしい。さっさと寝ようとするが、寝付かれない。シートベルトサインが3回。どうも太平洋上に低気圧が多いのか。


第2日 3/6

 日本時間1時、現地時間4時過ぎ、起き出してメールなどの作業。毛布はないが寒くはない。空調の温度を高めにしているのだろうか。あとで見ると使っていた人がいるので、どうも毛布を配布するタイミングに僕が寝ていたらしい。

  夜明け前の南太平洋。小さなスコール雲。

 現地時間5時。機内の照明がつく。朝食。この時間の食事はちと無理があるのだが、今回は適切な量だったのか、珍しくほぼ全部平らげることができた。

 7:03、ナンディ空港着陸。特に問題なく入国審査、荷物受け取り、税関と通過して、7:30に出てくる。イノケさんは居ない。出迎えに来ていたらしい松本さんに偶然会う。ATSの人々の出迎えを受ける。バウチャーとe-チケットのコピー受け取り。ANZの自動払い機で現金をおろす。最初、荷物受け取りカウンターの近くでおろそうとして、1000$ではねられたのだが、500$にして外でおろしたらうまくいった。何が悪いのかよくわからない。レートはFJ$1=\55くらい。少し円安。

 空港タクシーを捕まえ、モミ往復100$で交渉する。荷物ごと移動。7:52空港発。8:36モミ着。9時からのオープンを待つが、なかなか来ない。9:20係員のお兄さんが来て、開ける。モミの砲台を見学。

 

  砲台に残る5インチ砲の砲身。

 10時頃出る。10:40ナンディ着。Jack'sでトイレを借りる。本を1冊買う。タクシーは12:15に来てくれるというので、僕は急いでMHで梱包用にテープを買い、11:20昼食。昨年使ったボーハイでランチ。4人で5品頼んでFJ$31.30。安い。迎えに来てくれたタクシーで空港移動。12:30着。荷物を下ろすときに運転手が「思ったより時間がかかったから」とぶつぶつ言うが、100$を渡すとそれで黙って去る。まあ、相場より少し高いはずなのと、往復で稼いでいるので文句はないはずなんだが。

 ATSの野田さんが、他のお客さんの出迎えで来ていて、ナンディの大雨の件など、話を伺う。来るはずの飛行機が遅れているらしい。14時出発のはずが1時間遅れのアナウンス。そのうち、空模様が怪しくなる。待っているうちに寝てしまい、15:30頃、野田さんに起こされる。サブサブ経由、タベウニ島マテイ空港まで。途中、雲中に稲妻を見る。ビチレブ島全域で曇っている。

  バヌアレブ島南部の隆起石灰岩とノッチ。

 マテイ空港17:50着。2時間半遅れで、予定していた真珠養殖場見学は無理になってしまった。マラブのワゴンが迎えに来ている。移動。空港からだいぶ近い位置にある。道路の反対側は最近できたTaveuni Island Resort。

 レセプションでインターネット接続。19:30夕食。プールサイドでろうそくの灯り。客は我々を入れて6人。夕食を撮りながら南十字星が上ってくるのを屋根越しに見る。月が明るいが、天の川がよくわかる。はえ座がわかりにくい。オリオンは逆さに見える。21:30部屋に戻る。くてっと寝る。3時に目が覚めて、電池の交換。充電の処理。4時少し前、電気が切れる。5時に寝る。


第3日 3/7

 7:40に起きる。少し寝坊して朝食のレストランへ。パンとフルーツ、卵料理、コーヒーまたは紅茶の標準的な朝食。コーヒーが独特の粉っぽいもので、もしかすると地元タベウニ島産のコーヒーかもしれない。

 9時、2人組がボウマの滝見学に出発。堀田先生はシュノーケリングへ。僕は不調なので部屋で休む。気温に身体がついていっていない。いつの間にか部屋の電源が落ちている。冷房もファンもないとちょっと暑いが、そのまま寝てしまう。

 13:20、クリーニングのお姉さんが来たので、部屋を出てレセプションへ移動。小雨が降り出す。電源が落ちているのでインターネットも使えない。14時少し前、いつの間にか帰っていた2人組が180度線見学にタクシーで出発。早く帰ってきたようだが、雨を考えるとそれが正解かもしれない。

 14:30、クリーニングが終わったであろうと部屋に戻る。また寝る。17:30起き出す。レセプションへ。電気がついているのでネット接続。堀田先生が戻ってくる。高砂子先生から預かった、2年前の写真を渡せないか相談すると、レセプションの女性がこの男性は知っているというので預ける。

 日没を撮りに海岸へ。近道を降りる。白い石灰質の砂浜。潮は引いているが、漂着物が目立つ。植物の種子が多い。種子散布のよい例になるので写真に撮る。バヌアレブに雲がかかり、スコールも見える。稲光もあるようだ。夕日は拝めないが、赤く照らされた雲はきれいだ。

  タベウニ島からの夕暮れ。

 部屋のコーヒーを淹れてみる。紅茶を入れる濾し器で煎れるコーヒーは初めて。味は、ふつうかな。夕食は雨があったためかプールサイドではなく、屋根のあるレストランエリアで。客は他に1組、白人の中高年4人。カバを入れたタノアを前に3人組のギター生演奏。カバと演奏は両立するのか?

 食事後、レセプション横でネット接続。22時に出て部屋に戻る。今夜も降るような星空だ。月も明るいが、月明かりの中ではっきりと天の川が見える。00:30、電源が切れる。


第4日 3/8

 7:00起床。急いで荷造り。7:30朝食のためレセプション棟へ。しかし何も用意ができていない。8:00にビーチで、と言われているのだが。ネット接続を試みるが、うまくいかない。僕が席を外している間に、卵料理をどうするか聞きに来たらしい。昨日の反省に基づき、あまり食べないようにする。8時を過ぎてオムレツが来る。急いで食べて、8:08に出る。部屋に寄ってパソコンを置き、カメラなどの荷物を背負って海岸へ。そこにいた若者2人に聞くが、真珠養殖場の船は来ていないという。「どうせフィジアンタイムだよ」と言われ、それもそうかと納得。じっと待つが8:50になっても音沙汰がない。レセプションに戻る途中、ワゴンに兄ちゃんに会い、これからこのワゴンで送るから待っていろ、と言われる。いったい誰が悪いのかわからないが、とにかく見学に行けることになる。時間はないが。

 戻ってきたバンに乗り、移動。マテイ空港を過ぎたあたりで、コンクリートの船着き場があり、そこで迎えの船を待つ。見ると沖合にたしかに養殖場のものらしき掘っ立て小屋が海上に立っている。昨日電話で話した相手らしいおばちゃんが来て、3人待たせているから、案内するよ、という。若者がボートを泊め、我々は靴を脱いでじゃぶじゃぶと浅瀬を渡り、ボートに乗る。9:50に回収に来るから、ということでバンは戻っていく。我々は沖合の養殖場に移動。

 掘っ立て小屋を上り、別のお兄さんの説明を受ける。いきなり下の海に潜り、養殖しているクロチョウガイをひとつ、生きたまま取ってくる。貝を開けるためのやっとこのような器具で、器用に貝を開けてみせる。開けると中に寄生甲殻類が2匹いて、少しびっくり。

  クロチョウガイを開けて見せたところ。

 バヌアレブの養殖場で稚貝を育てて、それをここに運び、この場所の海水に慣らしてから、ある程度の大きさまで育てて、それから核を入れて真珠を作らせるらしい。1回目は吐きだしてしまうので、2回入れるという。入れた核が吐き出されずに定着する率は50〜60%だという。海上からひもを垂らし、そこに何個かずつ、釣り糸でクロチョウガイを固定し、ぶら下げる。ドリルで穴を開けて糸を通すらしい。稚貝から収穫まで、2年半から3年かかるという。

  稚貝を育てるかご。

 堀田先生はシュノーケルで周囲の海底を見学。我々は説明を聞き、お土産に表側を少し研磨したクロチョウガイの貝殻をもらう。地学実験で使えそうだ。

 来たときと同じようにボートで送ってもらい、バンに乗る。ちょっと寄って行けと言って、製品の真珠加工品を陳列したケースを見せられる。宿に戻ると10:10。急いで荷物を出し、レセプションでチェックアウト。夕食が1人50$というのは、さすがリゾート価格だ。まあ円高なので前ほど痛くはないが。まとめてカードで支払う。バンで空港に送ってもらう。10:30に空港着。チェックイン。飛行機が来ない。ファンタなど買い、飛行機が来るのを待つ。携帯電話の電源を入れると、有効期限が昨年の11月で切れているはずなのに、度数が残っていて、今年の5月中旬まで使える、という表示が出る。ありがたい。これで連絡がスムーズに行く。11:30に飛行機が到着。ほぼ満席でナンディに向かう。

 タベウニ島の全景がよくわかる。環礁もわかる。

  環礁。

  上空から見たバツコウラ鉱山。

 13:10ナンディ着。予定よりやはり30分遅れ。国内線出口で待っていたFさんと合流を果たす。Yokoさんに電話するが出ない。今日到着だからお疲れだろうし、まあ無理からぬことだ。昼食をどうするか悩みつつ、タクシー乗り場へ移動。空港タクシーは使いたくないのだが、日曜でもあるし、荷物も多いので、仕方がない。2台に分乗。空港タクシーは高いので、ナマカのMHでおろしてもらい、その裏のレストラン(LC's)で昼食を済ませ、あらたにタクシーを拾ってクロウズネストに移動する計画を立てる。途中で根掘り葉掘り聞く運転手に事情を説明したところ、それならクロウズネストまで送ってやるという。空港タクシーは高いからな、というと、ディスカウントしてやろう。料金表では90$だが、80$にしてやる、という。じゃあその話に乗ろう、ということにする。80$でも少し高いのだが、昼飯の間、荷物を持って待ってくれるなら悪くあるまい。ナマカのLC'sに寄るが、日曜昼は休業で、とりあえずセンタイに移動を頼む。Kさんから無線を借りて、2台目の堀田先生に連絡。

 13:50、ナンディタウンに着くと、センタイは工事中。またもBohaiで昼食を取ることになる。5人でしこたま食って1時間きっかりで出て、タクシーに分乗し、クロウズネストに向かう。途中で運転手が、後ろのもう1台の運転手がボスで、彼の言うことには100$じゃないとダメだ、という。だったらナンディで乗る前に言え、卑怯だろうお前、と怒る。結局コロトンゴに入るまで険悪ムードで過ごす。空港タクシーは二度と使わない。cheatという単語こそ使わなかったが、思い切り文句を言い、別れる。この国でタクシーを使うと、だんだん温厚な人間では居られなくなるようだ。

 途中、シンガトカ川をわたる鉄橋上で上流側を見ると、やや増水した濁った川水は想像通りとして、サトウキビ鉄道が通る古い橋が、半分流されているのを見てびっくりする。これでは上流の集落も無事ではないかもしれない。心配だ。

  流されたサトウキビ鉄道の橋(3/9撮影)

 海岸は晴れているが、山側には黒い雲が覆い、稲光がちらちらする。16時少し前にクロウズネストのチェックインをすませ、16,17の部屋を割り当てられる。ネットが使えるので助かる。ほっと一息。前日までの豪華な宿ではないが、ここはなんだか落ち着く。学生実習の気分になるからかもしれない。

 ネットの作業、レパニ氏に電話するが、電話の電源が切れているというメッセージでつながらない。イノケさんにもう一度メールを出す。USPの3人にもクロウズネストと僕の携帯電話の番号を知らせるメールを出す。日本の状況をwebで確認。17:30、夕日を見に行かねばと思いつつ、またハッピーアワーのビールを、と思いつつ、ちょっと一休みのつもりが、つい寝てしまう。19時目が覚めて、夕食に行くか尋ねるが、みんな先ほどの昼食がヘビーだったようで、夕食はなくていいという。お茶とお菓子で、思い出話など。今日合流したばかりのFさんに、タベウニでのいろいろを話す。Fさんにパソコンを貸し、自宅の家族とのメールの送受信につかってもらう。外に南十字星が見える。星座ソフトで確認。南十字星の他、にせ十字、カノープス、シリウス、オリオン座など確認。低いところの星座は雲で見えない。

 堀田先生がレセプションで明日のタクシーを予約。料金を聞くと70$か80$だという。まあそうだよな。明日は7時出発。8時には着くだろう。多少何かあっても9時前にはチェックインを終えるはずだ。朝食には間に合わないが、仕方がない。空港で食べてもらおう。

 食器類のチェック。包丁がない。明日買うかレセプションでもらってこなくては。爪切りはKさんに借りて手の爪を切る。僕の荷物の中に箸がないことに気づき、後発組に持参を頼む。明日は午前中に砂丘に行き、シンガトカの市場で食材を調達、必要な道具を買い、午後は連絡と、必要があればナンディ往復をする予定。いっこうに音沙汰がないイノケさんが心配だ。

 24時少し前に消灯。


第5日 3/9

 6:35、今朝の飛行機で帰国するYさんに起こされる。7時に迎えのタクシーが来るはずなので、レセプションに行き、待つが、肝心のタクシーが来ない。7時過ぎに出勤してきた、いつものしっかりものお姉さんが電話して聞き回り、別のタクシーを手配してくれる。7:43に堀田先生とYさん出発。一応、9時前には着くはずだが、スーパーに寄って土産を買う計画は無駄になってしまったかもしれない。レストランに行き、朝食。

 9時過ぎにレセプションに行き、タクシーの手配を頼む。気温が上がらないうちにシンガトカ砂丘へ。少し大きい車で、Baravi handicraftで働いているという若いAlvin氏が来る。彼はナンディ育ちだが、仕事がないのでこっちに来ているとのこと。週給300$で仕事はきついぜ、とのたまう。9:30シンガトカ砂丘の管理事務所着。1時間コースを回る。雨季のせいか植物が繁茂していて、だいぶ印象が違う。夜に雨が降ったのか、木造の歩道が滑りやすくて困る。カタツムリが目立つ。ガリマーレもそうだが、石灰質の土壌のところでは陸貝・カタツムリがよくいるような気がする。砂地の斜面にグンバイヒルガオ?が枝を伸ばし花をつけている。

  砂丘の尾根の木道。

  ラピタ式土器の破片。

  砂の供給で珊瑚礁ができず、外洋の波が直接砂浜に押し寄せる。流木は1月の洪水の影響か、例年より多い。

 10:45、管理事務所に戻る。シンガトカの町で買い物をして戻ろうとするが、今日は祭日なのだそうで、たしかに店はみんな閉まっている。幸い空いていたQueen's Road沿いのスーパーで自炊用の食材を購入。全部で20.05$。11:35クロウズネストに戻る。タクシーの運転手氏に、午後のコロニサガナ往復を頼む。とりあえず午前の往復分として20$を渡す。

 部屋に戻り、昼食の用意。調理はFさん、Kさんに任せ、僕はご飯の炊き方指導。日本とのメールのやりとり。これから出発する寺阪さんたちに追加の買い物を依頼など。缶切りが部屋になく、日本の安い缶切りを頼む。ついでに箸がないのでそれも頼む。今回は僕はいろいろなものを忘れてきてしまった。缶切りはなくてツナ缶を上のバーに持っていってFさんが開けてもらってくる。12:40昼食。Fさんが日本から持参したスープの素でつくった即席スープと、ツナタマネギニンニク炒め。さすがに学生時代とは違って卒業生ともなると上手になるものだ。レパニ氏に会えないときに備えて、名刺の裏に英文のメッセージを書き込んだものを2種類作る。13:10、ぐったり寝る。13:21、起きだし、さっと荷造りして、登山靴のひもを結んでいると、先ほどの運転手氏登場。13:28出発、コロニサガナに向かう。

 天気は海岸付近は快晴だが、山の方向には黒雲が湧いている。スコールが来そうだ。途中、売店によって運転手氏がジュースを買う。そこで話した店のおばさんが僕を知っているというのだそうだ。この方面では有名人になっているのだろうか。道路は修理のあとが目立ち、所々穴ぼこで揺れる。1月のナンディの洪水時にはシンガトカ川もかなり増水したらしい。たしかに流された樹木などが岸に引っかかっていたりする。

 途中、コロニサガナの場所を知らない運転手氏は不安がって、まだ着かないのか、とせっかちに尋ねる。シンガトカから40kmだよ、と言っているのだが、5km、10kmくらいで何度も聞く。やれやれ。北方にスコール雲が見えるので、僕も少し不安なのだが、何とか持ちそうだ。14:40、コロニサガナ着。レパニ氏を呼んでもらう。セブセブをまだやっていないので村に入るのは遠慮するのだが、いいから入れ、と言われて、ゲートを入ったところでレパニ氏に会う。彼と外に出て、バス待合所で話をする。学校が祝日で休みのためか、こどもたちに囲まれる。明日のセブセブとタワタワンジ訪問の手配の依頼。電話番号を書いた先ほどのメッセージを渡す。イノケさんの消息について尋ねると、クリスマス前に聞いた話では、イノケさんは前の仕事を辞めて、新しい仕事を探してスバに移ったのだという。それではつかまらないわけだ。ともかくも彼がいてくれて助かった。レパニ氏と握手をして、明日の10時から11時に5人で来るから、と約して別れる。

 帰り道はほっとしたのか、妙に運転手氏は陽気で、道をあるく村人と手を挙げて挨拶すると、愉快そうに笑う。まあ朗らかなのはいいんだが。局地的に激しいスコールに遭う。シンガトカが近づくと道が乾いていて、かなり局所的な降り方をしているのがわかる。砂利道は雨が降ると場所によっては泥濘になってしまうので注意が必要だ。15:40シンガトカに出る。店はみな閉まっていて人通りが少ない。シンガトカ川の橋の上で車を止めてくれたので、降りて橋上から流された橋の写真を撮る。15:50、クロウズネスト着。明日の車の手配を確認して別れる。16時、USPのスーザン先生からメールが来ていたので、返事を出す。水曜日なら1日空いているから来るならどうぞ、ということだ。すぐにこちらの2人と日本にいる2人に水曜日どうするか確認を取る。ATS Pacificに電話してスバ往復の急行バス予約を取ろうとするが、電話に出ない。よく考えると今日は休日で出るはずがない。明日朝、8:30以降に電話して予約することにする。その時点で後発組の2人も合流しているはずだし。スーザン先生と3回メールの往復をして、水曜の僕のスケジュールはUSP訪問で確定。一仕事終わってほっとする。お湯を沸かしてもらってコーヒーを飲む。ここに来て初めて優雅な休日の気分。なにせ、これまで村との連絡が全く取れなかったし、イノケ氏が無事かどうか気をもんでいたから、少しでも消息がわかれば安心する。

 16:40頃、Yokoさんから電話をもらう。写真の転送の礼と昨日の電話に出なかったお詫び。そりゃ到着日で疲れているんだから仕方がないので、気にしなくていいのに、ということでこちらこそごめんと謝る。17:40海岸に出て、写真を撮る。潮は満ちていて、コンクリートのところでごぼごぼいっている。休日だからか、地元の人々が海に入って釣りをしているようだ。散歩する家族連れも多い。通り過ぎるたびに挨拶する。雲が多くきれいな夕日は今日は期待できなそうだ。

  コーラルコーストの夕日

 18:10、ハッピーアワーのうちに上のバーに行き、2人はソフトドリンク、僕は珍しくも続けて2本スタビーを飲み干す。空きっ腹に飲んだので、けっこう回りが早い。支払いの段になって、小銭を出そうとしてどうしても50c分の小銭が出ず、自分が酔っているのがわかる。やれやれ。18:40部屋に戻り、夕食の用意。僕は米の水加減の指導とニンニクの始末だけして、ばったり寝かせてもらう。19:40起きだし、ご飯の最後のところだけチェック。20:00夕食。ツナとジャガイモのトマト煮。ご飯はうまくいって喜ばれる。残りご飯は昼食と同じくふりかけをかけて冷蔵庫へ。

 21:00片付けも任せてしまって、メール処理。21:40すまん、寝る、といってぐてっと寝る。23時、起きだして記録つけ。充電。2時、再度寝る。


第6日 3/10

 7時起き出す。ごそごそ準備。7:30朝食のためレストランに行くが誰もいない。音がしないのでとっくに行ったと思っていたのだが、戻ってみるとFさんとKさんが部屋にいた。再度行く。昨日忘れられた僕以外の2人のシリアルを今日はしっかり注文する。朝食を終えて8:20部屋に戻る。どうも連絡がないな、と不安になるが、8:28、寺阪氏と大町先生到着。

 9時、迎えのワゴンが来ている。昨日のドライバー、Alvin氏の言った高い方の車だが、5人だから仕方がないか。シンガトカに寄り、昼食など買い出し。Jack'sの前に停める。義理のため、日焼け止めをJacksで買うが、約30$もしたので少し後悔する。マーケットに行き、セブセブ用のカバを買う。コロニサガナとタワタワンジの2つ、なぜか妙にカバの値段が安い気がする。大きな包みでも20$、少し小さいと10$、昨年の半値のような気がする。産地もKadabu(カンダブ)など有名どころで、特に特価品というわけでもなさそうだ。20$の包みを2つ買い、車に戻る。セブセブ用の袋入り口直しアメをFさん、Kさんに買ってもらう。9:40シンガトカ発、10:40コロニサガナ着。女性陣はスルを巻く。いつもの村長の家でセブセブ。金曜に葬式があるそうで、その準備でコロニサガナ一帯は大わらわらしい。たしかに竹で作った葬式用の場所ができている。いつもの村長と、年配の人々がセブセブに出席。どうもいつもと面子が違うのも葬式の準備で忙しいからだろう。

 セブセブの際に今年の実習中止の事情を話す。何とか理解してもらえたようだ。11:40セブセブを切り上げ、いつもの小さい橋の手前の道から渡河点に移動しようとする。しかしどろどろがひどいというので、ガリマーレ小学校の裏道から渡河点に歩いていくことにする。学校の中を通ると大変なことにならないか心配だったが、とりあえず無事に通過。タワタワンジ出身のおばさん先生Merinaに会ったので、木曜にまた来るから、と話して別れる。

  Naqalimare District School

 いつもの渡河点に向かう道も、全部増水時に水没したそうで、どろどろのぐちゃぐちゃ。さらに川岸に出てみると、対岸の地形がすっかり変わっている。

   

 川を渡ろうとするが、ビリンビリがない。レパニ氏は対岸に向かって大声で怒鳴る。こだまがすごい。タワタワンジ村からも村長のジョーさんが返事をするが、何を言っているのかはよくわからない。レパニ氏はタイヤチューブで器用にこぎ出してみせるが、そんな芸当は我々にはできない。

  チューブはこうやって使う。

 空模様も怪しいので、今日は渡河をあきらめ、引き返すことにする。洪水のこともあるが、この時期にまともな地質調査は無理だということだろう。12:30、ガリマーレ小学校を車で出る。シンガトカに向かう。途中、スコールに遭う。

  スコール。

 13:30、シンガトカ到着。買い出し。野菜のマーケットの裏を歩いているときに、突然ペナさんに呼び止められる。彼に渡すつもりだったデジカメを渡すことができて幸運だった。明日は村に行かない卒業生2人を無線で呼ぶ。MHのレジに並んでいるというので、出口の前でつかまえ、ペナさんに引き合わせ、説明する。木曜に帰国してしまうから行けないが、よろしくと言う。寺阪さんとも合流。寺阪さんから英語版のコミックをペナさんに村へのプレゼントとして贈呈。昨日渡した、田中さんと堀田先生の写真はどうなったか心配なので聞くと、今朝届けてくれたので見た、という。ビリンビリの件は、いまトンガで渡しに使っているそうで、なるほどだからないわけだ。明日、大町先生が訪問する時間と場所を確認し、ビリンビリを用意してくれることになる。とりあえず鍾乳洞の水質調査はできそうで、よかった。木曜に再度訪問する件を確認し、別れる。

 14:00、シンガトカを出て、クロウズネスト到着。買った荷物を運ぶ。運転手氏に150$を払おうとすると、受け取ろうとせず、120$だという。背の高いワゴンは150$だと聞いていたのだが、安くしてくれたのか。ともかく正直者の運転手に好感を持つ。明日はスバ往復だから使えないが、たぶんまた頼むからよろしく、といって別れる。ローカルの人脈は空港タクシーなどと違って信義第一ということか。

 日が高いうちに帰ってきて、少しくつろぐ。本日到着の2人はお疲れだろうに。食べるタイミングと場所がなかった昼食を部屋で食べる。カッサバチップスが好評。昨日の残りご飯を少し食べる。女性二人は、コロトンゴ村に行き、2003に植林したマングローブを見に行くという。僕はメール処理と休息。17時過ぎまで昼寝。18時夕食の支度。残りご飯でつくった雑炊、青梗菜となすとタマネギのツナニンニク炒め。ゆでたオクラ。寺阪酒店のフィジービター。

 

 20時片付け。大町先生、寺阪さんは21時過ぎ夜空の撮影に行く。22:30夜食ではないが、チリツナを肴にフィジービターをもう一本。メール処理。明日のメンバーをスーザン先生に伝える。0:30一応消灯。


第7日 3/11

 寺阪氏の目覚ましで6:00起床。記録つけ、写真の加工。USPに持っていく荷物の整理。6:50お湯を沸かし、お茶を飲む。7:30朝食に行く。大町先生は心配するが、今回は朝食の遅れはなく、ちゃんと8時前に終了。大町先生は今日はナイヘヘ鍾乳洞で水質調査。8時に待ち合わせのため、レセプションに向かう。しかし8:30を過ぎても迎えが来ない。レパニに頼んだのは確実ではないということか。8:40を過ぎても迎えが来ないので、受付に頼んでタクシーを回してもらう。スバ行きの4人は9時にレセプションに集合。バスを待つ。サンディーはフロアで寝ている。

 9:30少し前、スバ行き急行バス到着。ちょうど運悪くトイレに入っていたFさんを呼ぶ。バスはそこそこの混み具合。特に雨に降られることもなく、定刻通りほぼ12時にホリディイン前に到着。バスを降りて市民図書館を見学に行く。バスを降りた直後から背の高い4人のフィジアンに囲まれて、なんだかんだと話しかけられるが、民芸品を売りつけられそうになったので、それを押しつけて離れる。油断できないものだ。

  スバ市カーネギー図書館。左端は建物模型。

 12:40まで、図書館で過ごす。カウンターで預けた荷物を受け取り、タクシーを捕まえ、南太平洋大学(USP)のMSPキャンパスに向かう。市街を横断して2.90$。12:55に到着。スーザン先生のオフィスに向かう。寺阪さんに持ってきてもらったお土産(ドイツ人のスーザン先生が大好きな煎餅、お茶好きなソフィー用抹茶菓子と麦茶パック)を渡す。インドマーケットで買ったというエコバッグ?をもらう。今月末で帰国するという、エビの専門家の日本人の方を紹介される。一緒にカフェに移動する。最近カフェの業者が代わって、食べるものがほとんどないという。たしかにずいぶん様変わりしている。食うものがない。僕は持ってきた水だけで済ませる。

  MSPカフェにて。左からスーザン先生、ソフィー、萩谷。(Kさん撮影)

 スーザン先生と彼女の飼っている3頭の犬、5匹のネコの話。ソフィーが現れる。エビの先生との会話は他の3人に任せて、今年度の実習を中止する件を2人に話し、了解を得る。ちょうど学部長がいるから、スーザン先生が僕を学部長に紹介して共同プログラムとして支援を要請しよう、という。金曜の発表の準備で忙しいというソフィーと別れ、他の3人は養殖場見学。僕はスーザン先生と学部長に面談。学部長は専門は何か知らないが、年配の白人の男性で、日本と組むのはいいが、語学がなあ、とのたまう。こっちの講師陣はほとんどが東大関係者だから、僕よりは英語ができるよ、といっておく。いずれにせよあまり乗り気ではないようだ。反応がいまひとつ。まあ、あとはスーザン先生に聞いてくれ、彼女が何でも知っているから、と話す。

 スーザン先生のオフィスで、今年の学事暦を確認。9/12−20がセメスターブレークだということで、そこでソフィーの地質調査の指導をしようか、と話す。USPブックショップに行くので、途中までつきあおうといい、体育館でやっているインドマーケットを案内される。14時スーザン先生と別れる。歩いて上のキャンパスのUSPブックショップへ。

  南太平洋大学の内側。(Kさん撮影)

  熱帯林の中に大学があるような雰囲気。(Kさん撮影)

 14:40ブックショップを出る。15時フィジー博物館に移動。寺阪さんを除く3人で見学。展示が大幅に入れ替えられていて、最初のホールは船関係だけになっている。

 

15:40フィジー博物館を出る。15:47ホリディイン前、バスに乗車。市内見学に行った寺阪さんも戻る。16時定刻発車。18:10クロウズネスト着。大町先生が先に帰っている。夕日を撮りに海岸へ。18:40戻る。19時夕食の準備。カレーツナで炒めたニンニク・タマネギ・ジャガイモと、なすと青梗菜の卵スープ、ご飯、大町先生が街で仕入れた冷凍の魚4匹、これは突いて捕った魚のようだ。オクラのゆでたもの。満足。

 明日ガリマーレ小学校に持って行くEeePCのセットアップ。勝手に進んでしまったり、なかなかうまくいかず、寺阪さんに任せる。セーフモードで立ちあげてログインできるようにユーザーの登録に成功。説明書の指示とはだいぶ話が違っていて困る。1時頃寝る。


第8日 3/12(木)

 途中、3時に目が覚めて作業。6:00に起きて、村に行く準備。6:55に今日の飛行機で帰国するKさんとFさんの迎えが来る。6:58出発、見送り、7:30朝食。8:00に部屋に戻り、一休みしてゆっくり準備。9:30出発の予定なので、いまKさんとFさんを送った車が戻ってくるのはぎりぎりだろうと踏んで、小学校への荷物などを梱包し直していると、9:15にさっきの車が戻ってきている。あわてて荷造りをしてもう一度見るといない。あとで聞くと、どうやら僕たちを待つ間に他の客をシンガトカまで送って一稼ぎしたらしい。今日は彼はかなりの収入になるだろう。

 

 9:30出発、シンガトカの町で、昼食と、PC用の電源ケーブル(めがねケーブル)を探すため、大町先生と寺阪さんが車を離れる。電気屋は反対側だと運転手が言うので、無線で大町先生を呼びつつ、走って追いかけるが見失う。10時頃シンガトカ発、11時少し前、コロニサガナ着。大町先生に確認すると、川を渡るのは小学校の方だというので、戻ることにする。川を渡るには小学校から裏道を通った方がいいし、小学校でPCセットとデジカメを置いていきたいので、コロニサガナの人々に、「School!」と怒鳴って小学校に行く。コロニサガナの人々がペナさんを呼んでいるのが聞こえたが、どっちにせよ小学校には行かなくてはいけない。葬式で忙しいコロニサガナはあとでいいだろうと、放置して行く。Naqalimare District School着。荷物を持って、非番の先生がたむろしている木陰に行ってごそごそしていると、校長だったか教頭だか、とにかく前回お目にかかった偉い先生が出てくるので、説明してこのPCとデジカメを使ってくれ、と渡して帰ろうとすると、まあこっちに来い、という。

 なにやら、学校の日誌のようなものに書き始めた。お前の名前は、とか、何とか聞くので、ええい面倒だ、僕が書くから、といって、たぶんこういうことを記録すればいいのだろう、と、寄付品目と数量、型番、使用上の注意を英語で書き込む。僕の名前と所属と身分、ついでに、今年度は訪問できないからごめんね、ということを書いておく。所属はTokyo City University(ex. Musashi Institute of Technology)としておく。口頭でもheadのおじさんに今年度中止の話をするが、特に残念がる様子も感動した様子もないので、まあ義理は果たした、と帰ろうとすると、まあ待て、と呼び止められる。なにやら書き込んだ紙をくれる。寄付に対する学校の公式の感謝状をつくってくれたようで、head of teacherのサインを入れて僕にくれる。→感謝状 なんだかうれしい。おじさんは床を指して、去年タイルが欲しいといったけど、最近手に入って、こうやってタイルを貼っているのだよ、来週はこっちの教室もタイル張りにするよ。1枚2ドルもするので高いんだけどね、という。つまり、タイルじゃなくてPCをくれてちょうどよかった、といいたいのか?

 Headと別れて、渡河点に向かうことにする。学校の敷地を出ようとするところで呼び止められて、ちょっと待て、といわれる。小学生にしてはもうちょっと年の大きい少年が、Penaがここの木陰で待っていてくれ、と言っている、と伝言。走ってコロニサガナ方向に戻っていく。さっきのHeadが出てきて、彼はペナの息子だ、母親に似て小柄だけどね、という。なるほど、ペナさんはコロニサガナにいて、息子を走らせて僕たちを待たせたのか、と理解する。headが生徒にジュースを持たせて再度現れ、振る舞ってくれる。ジュースを持ってきた女子生徒もペナさんの娘なのだそうだ。11:30ペナさんが来る。頼まれていたBHのたばこ4箱を渡す。ビリンビリはたしかにこちら岸にあるが、水位が下がって取り残され、重くて動かない、という。どうしても川を渡るか?それならチューブで渡るしかない、という。どうしても行かなくてはいけない用はないので、ペナさんに今年の実習中止の説明をして、去年約束したのに来ないことになって申し訳ない、と謝りたいのだ、と伝える。だから、タワタワンジの人々がたくさんいるところであれば、僕の目的は達するのだが、と話す。もしかして、村の人は葬式の準備でみんなこっちに来ているのか?と聞くと、そうだという。じゃあ、どこかで僕が説明できる状況を作ってくれないか、と頼む。しばし考えて、じゃあコロニサガナ村に戻ろう、ということになる。

 車に戻り、コロニサガナへ。村の前で、ペナさんがカバが必要だといい、運転手に話して少し先のショップまで買いに行くことにする。サウタンブの先の小さなショップで、WAKA(カバの長いひげ根の部分)を買う。ハーフケージーでいい、と彼は言った(0.5kgのこと?)が、細かいのがなく20$を出すと、おばさんが重さを量って包もうとする。ここではシンガトカと同じ相場で、1kgが25$だ、とペナさんが言う。20$では半端だ、ということなのかと思い、あと5$あるから、と言って、追加して1kgにしてもらう。何に使うのかいまいちよくわからないが、まあ多くて困ることはあるまい。

 コロニサガナに車で戻り、ぬかるみの泥で汚れるからといって中に入りたがらない運転手と車を置いて、ペナさんと一緒に村に入る。一昨日用意していた竹の柱のところに、ビニールシートが広く敷かれて、トタンを置いて屋根もできている。見ると見覚えのあるタワタワンジ村の人々が多く集合して、どーんとカバの入ったタノアも中央に鎮座している。ここでまたセブセブか、と少々ショックを受けつつ、覚悟する。まあここに座れ、と言われて、タノアの前の客人席に座らされる。タワタワンジ村の村長のJoeさんがいるし、副村長もいる。半分くらいが見覚えのある顔だ。葬式の準備で忙しいはずなのに、偶然なのか、もしかすると、ペナさんがわざわざ集めてくれたのだろうか。ここで僕が説明すれば、村の人々に一気に今年の中止とその理由、陳謝が伝わるというものだ。なるほど彼のはからいは適切だ。

 礼によって祝詞?を上げて、型どおりのセブセブの儀式。そこへなにやら葬式用の物資らしい段ボール箱を2つ運んできた人々が合流。これも寄付物品か。タノアの中身を空けて、新たにカバを作り、祝詞。連続してこっちに対するセブセブも始めたらしい。まあいいのだが、2重にカバのボウルが回ることになる。前にもCuvuの村で、別団体がやってきて二重のセブセブになり、15杯カバを飲んだことがあるので、これ以上、別の客が来ないように念ずる。

 そうこうしているうちに、僕がホストの2度目の祝詞になる。もしかするとお別れの儀式の方かもしれない、ハギヤお前しゃべれ、と後ろの方に座ったペナさんから合図が来る。英語で優しい単語を選び、ゆっくり説明する。エアパシフィックの日本撤退、大学の改組、新学科開設、費用負担の増大などで、今年は実習ができない。昨年、こんどは2晩泊めるから、と約束したのに、約束を破ることになって本当に申し訳ない。ただ、来年には新しい学科の2,30人を連れて、プログラムをリスタートするから、来年まで待ってくれ。・・・という内容の話をした。

 みんな、思ったほど落胆の色も見せず、淡々と聞いてくれたのでほっとする。誰かがフィジー語に翻訳して説明してくれている。ありがたいことだ。

 またカバが回ってきて、飲み干す。ペナさんの合図を受けて、退出する。実にペナさんは段取りを心得ている。。村の外に向かう途中、ペナさんに、今日のすべてのアレンジをありがとう、と感謝を述べると、意外にうれしそうに振り向いて得意そうな顔をする。ペナさん本当にいい人だな。頼りがいがあるし。判断は的確だし。外に出ると雨が降り出す。雨が小降りになったところで、運転手がバス待合い所に車を寄せてくれるが、後輪にパンク発見。スペアタイヤに代える。

 ペナさんが火曜に渡したデジカメを持ってきて、どうやって撮るのか、現像はどうするのか、聞いてくる。13:30コロニサガナ発。村の若者テイレビがシンガトカの町まで便乗。途中、スコールに2回くらい遭う。

 シンガトカの町で少々時間を食う。15:40クロウズネスト着。100$を払う。寺阪氏がタブニ砦に行きたいと再度交渉。道が悪いから往復35$だという。16:30までだというので、荷物を置いて寺阪さんだけすぐに出発。

 

 19時夕食。コンビーフの油でニンニクを炒め、タマネギといったんゆでたジャガイモの薄切りを加える。それに卵スープ、ご飯の組み合わせ。荷造り。24時、朝食用のパスタソースをつくる。2時就寝。


第9日 3/13

 5:50起床、パスタを煮始める。6:40朝食。6:55食事終了、急いで片付け。チェックアウト。受付のしっかり者おねえさん・Madhuさんの名刺をもらう。7:25発、シンガトカ、ナンディ経由、デナラウへ。

 デナラウ8:30着。いつもの運転手のAlvin氏にお礼を言い、80$を渡すと、金額を見てほっとした顔つきになる。彼は先日、デナラウまで1人20$で運んでやるぜ、と自分で言ったのを覚えていたらしい。今日は3人なので60$に値切られるかと思ったのだろう。まあ70$ぐらいが相場のはずだが、そのとき僕は5人じゃなくて4人だよ、と一人多い人数を言った(谷間さんがデナラウ合流であることを忘れていた)ので、80$にしただけだが。売店の前で谷間さんと合流。ちょうど谷間さんも着いてすぐだったらしい。チェックイン、8:50乗船。かなり混んでいる。スタッフが空席を探して、詰めてくれるように頼んで客を押し込んでいる。我々も目一杯詰めて座る。12時の船がない分、9時の船に客が集中しているということか。

 マナ島10:20着。出迎えに出ている支配人の田中さん以下、スタッフのみなさんに挨拶。お変わりない様子にほっとする。レセプションへ。この期間、食堂はサウスビーチのみとのこと。夕食はバッフェはその場でいいが、コーストアラカルトは予約が必要とのことで、その場でKazumiさんに手配をお願いする。部屋はアイランドブレの104と140。

 

 11:40部屋に入る。アクアトレックに挨拶。Yoshiさんに会える。5月の島サミットにあわせて放送の番組のため、JETROの取材クルーが来ているという話。ダイビングに行く人々はさっそく13:30のダイブに参加。僕は動く気力が起きず、部屋で寝る。

 16時海の話。うっかり寝過ごし16:30にコミュニケーションブレへ。数人のお客さんが参加している。Yoshiさんのお話。珊瑚礁の生物の話、クマノミの性転換の話、サメは怖くない、餅の方が怖いという話。フィジー固有種の話、珊瑚礁の保全の話。日本人客にとって、こういう話を聞くことのできるリゾートというのは、かなり貴重なはずだ。ふつうは行ってきれいだなあと感心して遊んで帰ってくるだけなのではないだろうか。見ている風景に奥行きを感じられるようになるのが、意味があることだと思う。明日の体験ダイビングの参加を決める。

 

19時夕食。21時まで。本日のスープとcatch of the dayで31$。夕食後、星を見に飛行場へ。写真撮影。蚊が出て困る。大町先生に借りた小型三脚のおかげでなんとか画像が撮れる。月がきれいで、雲がかかると彩雲のような虹が二重にかかる。月が明るすぎて露出が難しいが、シャッター時間を変えて、なんとか写真に撮れたようだ。22:30戻る。1:30就寝。

   南半球の夜空。南十字星とケンタウルス座α、β。その右に「にせ十字」。飛行場にて。


第10日 3/14

 6:00目覚ましで起きかけるが、曇り気味なので寝る。7:00起きだして記録つけ。7:30朝食。8:30体験ダイビングとダイビング組で一緒にアクアトレックへ。寺阪さんと大町先生はダイブへ、僕と谷間さんは体験ダイビングへ。体験ダイブは他に大学生3人組で、計5名。Mikaさんに日本語で説明を受けた後で、先に記念写真を撮り、それからボンベを背負い、サウスビーチに潜る。満潮で少し濁っていて、離れると見えない。レギュレーターの呼吸の感覚がうまくつかめず、ちょっと手間取る。慣れたところで深い方に手を引かれて移動。サンゴ養殖の現場らしきものを見る。耳抜きはなんとかできている。意外に苦しくない。インストラクターが砂底に擬態しているエイの姿をみつけ、教えてくれる。けっこうサウスビーチをちょっと潜っただけでいろいろな生物が観察できるものだ。

 11:00前頃に陸に上がる。砂浜を上がろうとして足をつけ、立ち上がろうとすると、今まで感じなかったボンベの重さに、ふらっとする。4億年前の先祖は偉かった、と思う。よく陸上に上がる気になったものだ。11:40、認定証をもらい、解散。部屋に戻り、シャワーを浴びて着替える。ごそごそネットにつなごうとしていると、クリーニングが来たので、12:10PCを抱えてレセプションに移動。24時間のぎりぎりまでネットにつなぐ。12:40部屋に戻ると、クリーニングは終了している。ダイブ組の大町先生と寺阪さんが2本終えて戻ってくる。13:30大町先生を除く3人でアクアトレックへ。サンドケイ行き。僕と谷間さんはシュノーケルトリップ、寺阪さんはダイブ。なぜかスタッフが出払っていて、14時頃まで待つ。干潮で砂浜につけられないので、ボートは桟橋につけている。昼の定期船がいまはないから問題ないわけだ。シュノーケルが4人、ダイブが3人、体験ダイブが1人。今回はシュノーケルの練習無しで桟橋のボートから目的地に移動していきなりどぼん。波は少しあるが前回ほどではない。

 透明度がよく珊瑚礁がよく見える。稚魚の群れの中を泳ぐ。ナポレオンフィッシュが出てくる。JETROの撮影隊が我々を撮っている。5月の番組用だという。一度死んだ珊瑚群体の表面に生えなおした珊瑚の成長の様子がよくわかる。これはボーリングコアで見た中新世の珊瑚の断面で見た構造の、生きているところだ、としばし感動して見とれる。

 クマノミはもちろん、フィジー固有種の黄色い奴など、いろいろ見る。ウミシダもいる。途中、海水を飲んでしまい、立ち泳ぎでげほげほする。シュノーケルは難しい。一度海水が入ると、何分かおきに咳をする羽目になる。その上他の人との位置関係を保つのが難しい。波で揺らされることもあり、ぶつかりそうになる。ぼーっと見ていると集団においていかれて、急いで泳ぐ。

 もうそろそろ勘弁してくれ、というところでボートに回収され、砂の島に上陸、ティータイム。砂の島のかたちが変わっていて、南北につぶされた配置なので、マナ島のサンセットビーチの砂も移動しているのではないかと推定する。

 16:10戻る。大町先生がアクアトレックに迎えに来てくれる。16時からのカバを谷間さんに経験させる予定だったのだが、時間が押してしまった。ヨシさんからプレゼントをいただく。F君の力作の衛星写真地図が貼ってあって、ヨシさんから経緯を聞き、感心する。16:30部屋に戻る。

 17:50、寺阪さんが谷間さんにサンセットビーチを案内しに行く。天気は残念ながら曇り。夕日はまた拝めそうにない。19時前戻る。19:30夕食。今回は、すべての食事がサウスビーチレストランだった。ロボ・バッフェで43$。20時過ぎ、寺阪さんが手配してくれていた、谷間さんのバースデーケーキプレゼントのセレモニー。フィジアンスタッフが大勢で捧げ持ってきて、ハッピーバースデーを2番まで歌ってくれてお祝い。チョコレートケーキの出来はよい。スポンジもおいしいし、このおいしさはこれまで何度もバースデーケーキを作ってもらったが、フィジーでは初めてかもしれない。体験ダイビングの時の3人組にバースデーケーキのお裾分け。非常に喜ばれる。あとで3人が全員、個別に挨拶に来てお礼を言い、谷間さんの誕生日を祝ってくれたので、きちんとした人たちだなあ、と感心する。

 21:10、少し遅れてメケショーを見に行く。映像で撮っておく。

  メケの様子。

 22:40部屋に戻る。2時就寝。


第11日 3/15

 5:55目が覚める。曇り空。日の出は見ることができない。寒くて二度寝できず、そのまま起きる。7:30朝食。雨。9:00部屋に戻る。荷造り。

 9:50、寺阪さんと大町先生チェックアウトにレセプションへ。9:55、荷物を外に出す。雨なので躊躇する。大町先生は薬用植物の取材でアクアトレックへ。10:30、船が着いたらしい。寺阪さんに呼ばれて荷物を持ってレセプションへ。支配人の田中さんに挨拶。今年の実習の中止のこと、お詫びする。来年以降の実習について、引き続き協力のお願い。学内広報のフィジー実習紹介と学科パンフレットを渡す。4月以降のフィジー渡航手段の状況についてお話を聞く。2月以来、こんなに雨が多いのは初めてだとのこと。僕らもビチレブで作業しているときはほとんど降られずにすんでいるのだが。誰か雨女がいるのだろうか。

  改装後、現在のアイランドブレの外観。冷房付き。外にシャワー。

 ネットにつなぎ、メールの確認。合間にノースビーチに行き状況観察。満潮で波がかぶるので、海岸の石器製造跡の遺跡は見せられそうにない。やはり南北方向の浸食が進んでいるのか、ノースビーチの浸食がひどい。ヤシの木が数本、根元を洗い流されて倒れている。11時過ぎ、Kazumiさんに挨拶をいただく。アクアトレックのSami氏と立ち話。彼はフィジアンだが日本語が上手だ。今回、日本に帰っていて会えなかったAsamiさんと、朝、挨拶に行けなかったYoshiさんによろしく伝えてくれ、と頼む。薬用植物の取材に行った大町先生が戻ってきたとの無線連絡。

 12時、「BulaBus」で飛行場へ。客は若いオーストラリア人カップルと我々4人。Sami氏が荷物の面倒を見てくれる。飛行場に着くとすでに8人乗りのいつもの飛行機が来ている。到着客と荷物を載せてBulaBusは去る。

  現在のブラバス(Bula Bus) →先代のブラバス

  空港の待合所。8人乗りのいつもの飛行機。

 重量測定、搭乗と、天気が悪いのでさっさと進む。我々合計6人の分ではないスーツケースが2個一緒に運ばれていたので、客はあと2人乗るのかと思っていたが、来ない。定刻より少し早く、12:20出発。北に向かって離陸、サンセットビーチ沖合を旋回して東へ。

  マナ島サウスビーチ方面

 ママヌザ諸島が見渡せるが、スコール雲がところどころ視界を奪っている。珊瑚礁を上空から観察し、写真を撮る。ここ数年ですっかり整備されたデナラウの様子を観察。写真は座席が反対側であまり撮れない。ナンディ空港着陸は主滑走路を南側から。降下していくときに滑走路端にかかっても100m以上の高度があるので大丈夫か、と心配になるが、着陸滑走距離が短いので問題ないということらしい。斜め滑走路の手前で通常のタキシングになる。12:35ナンディ着。

  ナンディ空港の主滑走路。この状態から左旋回で一気に着陸。

 国内線の待合所に入り、荷物受け取り。大町先生の荷物がなかなか出てこなくて心配する。トカトカまで荷物を持って徒歩移動。トカトカのワゴンがいれば乗せてもらうのだが、見あたらない。タクシーの客引きを数回振り切り、空港入り口のサトウキビ鉄道線路を越えて、Queen's Roadに出る。対岸に渡り、ゲートウェイからトカトカへ歩いて数分。レセプションに着く。レセプションのおばさん曰く、「空港から歩いてきたの?迎えのワゴンがいたから使えばよかったのに」。そんなの見ていないのだが。見落としたのか。

 チェックイン。3人と1人で2部屋予約のはずなのに、なぜか、1部屋しか用意されていないのでもめる。先方は、バウチャーには1部屋しか書いていないと言い張る。寺阪さんがATSに電話し、交渉して、谷間さん用のもう一部屋を確保。16VAと15Vs。

 谷間さんの買い物の希望を聞き、特にスーパーに行く必要はないとのことなので、ゆっくり出ることにする。13:30昼食。トカトカのレストランのメニューは前回とほとんど総入れ替えの感じ。カレーもない。野菜ピザとフレンチポテト。やたら待たされる。14:40部屋に戻る。17:30にボーハイ待ち合わせで、先発組は15:30にナンディに行くという。僕はとりあえず部屋で休憩。17:10、悪夢を見ている途中で大町先生に起こされて、数分間混乱する。急いで用意してレセプションへ。タクシー用の小さい額の札を用意するため、Jack'sの売店で水を買う。ナンディまでのタクシー代をインド系の店員に聞くと、10$だという。でも、乗り合いバン(ワゴン)とか、バスを使った方が安いよ、と忠告される。ありがたいが時間が押している。大町先生と通りに出てタクシーを探す。意外に来ないが、数分で反対側を走っていたタクシーがUターンして、こちらに走ってくるのに乗せてもらう。運転席はフィジー人で、助手席はフィジー人女性がカバを抱えて乗っている。ご夫婦なのか、構わないから後部座席に乗れという。ナンディタウンだがいいか、いいよ、と即決。ナマカを過ぎたところで寺阪さんから携帯に電話。いま向かっている旨を伝えて安心してもらう。

 17:40到着。10$払う。ボーハイは他に客がいなくてひっそりしている。とりあえず飲み物を注文。コンビネーションワンタンスープと揚げワンタン。レタスのニンニク炒め、エビの黒豆野菜炒めを選ぶ。どちらも好評でほっとする。これでかなりお腹いっぱい。春巻を頼むが野菜春巻がなく、チキン春巻になる。最後にアイスクリームのフライを頼む。6個セットで、バナナ味やバニラ味、パッションフルーツ味など、ひとつひとつアイスクリームの中身が違う。寺阪さんが取った最後のひとつが皮だけで中身のアイスクリームがなくて、ちょっと驚く。入れ忘れたのだろうと推定。ここはフィジーだ。気にしない。

 全部で62.5$。さんざん飲んで食って1人800円とはありがたい。店員にタクシーを呼んでもらおうとすると、外に出て捕まえてくれる、という。一緒に外に出て表通りを歩く。2ブロック歩いたところで、反対車線を通りかかったタクシーを口笛で停め、乗れという。トカトカまで10$でOKというので、安心して乗る。20時過ぎ、トカトカ帰着。明日の朝8時レセプション集合だけ確認して谷間さんと別れる。寺阪さんは売店で買い物をしてくる、といって部屋を出る。部屋でコーヒーを淹れて、フィジー実習のこれまでとこれからを話す。0時半就寝。


第12日 3/16

 曇り空で寝過ごし、7:25に起床。あわてて荷物の再整理、20kgを越えているリュックから、USPで購入した本などを引き出し、手荷物に移して誤差範囲にしておく。長時間になる飛行機の機内のことを考え、時間はないがシャワーを浴びる。が、お湯が出ない。温水器が昨日から雨で日射がなく、機能していないのと、他のヒーターが停められているのか。冷水シャワーで身体を洗うが、風邪を引くとまずいので頭は洗わずに済ませる。最後の着替え、今回は結局シャツとズボンを1回手洗いしただけで、洗濯機を使わずに終わったな。

 8:03に忘れ物がないか確認して部屋を出る。レセプションでは寺阪さんが精算、最初ビール代3.5$しかついていなかったらしいが、さすがに信用に関わるので、昨日の昼食代と飲み物代を探すように指示して、きちんと精算したのだそうだ。空港までワゴンで送ってくれる。どこにもトカトカと書いていない、ふつうのワゴンだ。これではもし空港にいても、あらかじめ教えてくれなければわからないんだが。

 8:20空港着、さっそく、搭乗手続きをしようとするが、どこにもFJ302の表示のカウンターがない。どこかの日本人団体さんにくっついて、エアパシフィックの受付でチェックインすることにする。時間が早いのか日本人客が少ない。大韓航空が9:50発なので、そちらがいまピークのようだ。マナ島の大学生3人組がチェックイン手続きをしているのを見かける。寺阪さんが交渉して窓側の座席を押さえてもらう。2人ずつ手続きしたので、僕はseparateにしてくれと頼んだが、このために乗機すると周囲全部が制服を着た巨大なフィジー人で、僕一人が囲まれることになった。やれやれ。

 

 大町先生と谷間さんには、先に出国審査に行ってもらい、寺阪さんと僕でATSの野田さんを探す。8:45頃、野田さんを見つけて声をかける。今年度中止のことは到着日に話していたので、学内広報と学科パンフを渡し、来年以降の実習でお世話になることのお願いをする。先日も少し聞いた話で、マナ島でも聞いたが、某航空会社がナンディ便を飛ばす計画が動いている話を聞く。うまくいくといいのだが。8:55挨拶して別れる。タパの地図を探すという寺阪さんを置いて、先に出国審査へ。またもや3人組に出会う。手荷物検査。今回は横着をして登山靴を脱がずにゲートを通ると、やっぱりピーッと鳴る。身体検査で通過。じつはこの方が靴を脱いで履き直すより時間がかからない。いつもながらナンディ空港の金属探知機は感度を上げすぎていると思う。

 9:20待合所2階へ。KE便の乗客が並んでいる。大町先生たちを探し、荷物を置いて待つ。交代で荷物番。お土産の買い足し。本を数冊買う。ふだんは本物の植物学者や民俗学者がいるので買わないのだが、今回はしばらく来ないかもしれない気がして、ヤシの木の図鑑やフィジーのインド人の歴史の本などを買う。フィジードルが安いのでつい手が出る。寺阪さんが見つけたところで、研究室用にタパクロスのフィジー地図を購入。A2くらいの大きさで25$と安い。樹皮をつぶして作る一種の紙のタパは、もっと高いものだと思っていたのだが。

 例の学生さんたちを土産物屋でみかけたので、植物屋さんにフィジーの本のコーナーの存在を教える。つい教師根性が出てしまうのが悪いクセだ。ぱっと取った本の値段を見るとUSPの本屋より高いので、ぐっとつまる。それでも日本円に直すと実はかなり安い。別の学生さんに、余った2,30$はどうしたらいいか訊かれたので、「僕なら本を買うなあ」と答える。足りなかったら日本円を足せばいいし、カードも使えるはずだ、と言ったが、よく考えるとカードは一定額以下だと使えなかったはずで、その点不正確な情報を提供してしまったかもしれない。

 10:10搭乗開始。雨だ。いつもならさっさと乗るのだが、たぶんこれで見納めの767の写真を撮る。

 このB767-300ともお別れ。代機の方がうれしかったこともあるが、現金なもので二度と乗れないと思うと少し残念。

 座席に着く。結構な混み具合で、運悪くセパレートを頼んだために、周囲を巨大な青い制服のフィジー人に固められる。やたらと陽気なおじさんたちだ。お役人か警察官か、軍人ではなさそうだが。機内でうれしそうに携帯電話を使いまくるのは何とかして欲しいな。別にそれで飛行機が落ちるわけではないが。

 黄砂でかすむ日本。右下から左上に、銚子、屏風ヶ浦、九十九里浜北部の海岸線。

 空港の到着表示ボード。ナンディ便が表示されるのもあと2週間。


H.Hagiya 2009.3.6-